「権力者は人を動かし 指導者は心を動かす」 創価学会を見限る選択肢はありません。 必ず打開できると信じています。

池田会長、壮年部結成式で指導 聖教新聞 昭和41年3月7日付け

2026年3月7日  2026年3月7日 

池田会長、壮年部結成式で指導

 聖教新聞 昭和41年3月7日付け


壮年部の結成式、たいへんにおめでとうございました。私も、この結成式をひじょうにうれしく思い、ともに、心から将来に対して安心感を深めております。


 一、ある日本の思想家が、かの老大国であるイギリスが、なぜあのように長い歴史を堅持しながら栄えているかについて述べております。それによると、イギリスには二つの島があり、一方の島の民族が、ひじょうに保守的であるのに対し、もう一つの島の民族は、ひじょうに革心的である。

そして保守、革新のこの二様性が、会社においては社長と専務、学校においては校長と副校長というようによきコンビをしぜんにつくっている。同じように官長においても、あらゆる階層においても、保守的な堅実な分別ある人と盛り上がる革新に燃えた青年的気性をもった人が、たがいにかみあって今日のイギリスを保っている。このような意味のことをその思想家はいっております。


 牧口初代会長の時代は、門下生三千といわれていたが、そのなかに青年は少なかった。牧口先生も青年をひじょうにほしがっていたのですが、当時は残念ながら青年の輩出は見られなかったのです。

 時代は変わって、戸田先生は、青年の訓練、教育、成長に力を入れ、それが今日の創価学会の推進力の因となっております。しかし当時、五十代の戸田先生を中心に、学会再建に戦った最高幹部は、ほとんど三十代、四十代の人たちです。

 だが、もう一つの原動力として、戸田先生は、私ども青年部に大きい期待をかけられて、縦横無尽の戦いの指揮をとっておられました。そして、目には見えないけれども、戦闘機のような、また義経が”ひよどり越え”で戦ったような、あの敏速な戦いは、いっさい青年部にさせておりました。

ここで私は、戸田先生当時の、壮年幹部と青年の模範的なコンビが、今日までつついて、盤石な学会の基盤ができあがったと考えてさしつかえないと申し上げたいのです。

 戸田先生は学会の発展のためには、三代、四代、五代と青年部から、現在でいえば高等部、中等部、少年部のなかから、学会の中心者を出していく以外にない。大聖人様と日興上人様のご関係における深い原理のうえからも、また牧口先生と戸田先生の師弟の関係、年齢の開きのうえからも、このようにお考えになって、青年部は会長の直属の組織としてまいりました。

 壮年部になんら左右される必要はない。青年部こそ本化の地涌の菩薩であるとの考えであったようです。

 私の時代にはいりまして、戸田先生のその深い指理原理は、私も尊重しております。なにか大闘争を行なうときには、青年部は直属として、私とともに戦っていくのはとうぜんであります。しかし実践上は、私は壮年部も、婦人部も、男子部も、女子部も、ぜんぶ協調ていくべきであると考えてまいりました。

 一家においても、父親が柱であることはしぜんの姿であります。

支部においても、とうぜん柱は壮年部の方でなければなりません。

この点は、巻頭言「壮年幹部に望む」で、申し述べておきましたので、それをよく読んで指針としていただきたいと思います。

 壮年部がりっぱな文部は、婦人部も青年部もりっぱに成長します。よき壮年の指導は、婦人部や青年部から、大人材を出させていく力となります。したがって、これから伸びゆく青年は激励し、責任をもって指導してあげていただきたい。そして婦人部ならびに女子部の人は、大きくかばってあげていただきたいと思います。

 一、最近、ひじょうに痛ましい飛行機の墜落事故がつついております。なくなった方々には、ほんとうにお気の毒であり、私は、いつも題目をおくっております。

 専門家によりますと、飛行機事故の七〇㌫は、着陸のさいの事故であるといいます。

 戸田田先生が会長になられてから今日まで約十四年間たっております。戸田先生がなくなられてから八年になろうとしています。この間の学会の戦いは、たいへん自画自賛のいいかたになりますが、青年部出身の幹部、ならびに青年部の最高幹部の戦いが、絶対過半数を占めているといっても、けっして過言でないと思うのです。

異体同心でありますから、とうぜん四者一体になって戦い、今日を築いてきたといえますが、しかし、戦いの矢面に立って、また学会を推進してきた原動力は、青年部ならびに青年部出身の最高幹部であります。しかし、これからは牡年がしっかりしなければなりません。

 着陸の場合、すなわち広宣流布の総仕上げにはいった場合は壮年部の戦いが重要です。青年部はエンジンの役割を果たしていきます。しかし着陸の場合には、あまりエンジンをかけません。それがふつうです。あとは、壮年部の経験、年功、分別をもっても仕上げをする。すなわち安全着陸をしていくのが、私はとうぜん正しい方式ではないかと思いますが、どうでしょうか。(拍手)

 一、私たち背年であると思っていた最高幹部も、すでに三十代、四十代になり、子供が三人、四人とおります。戸田先生が会長になられた当時、壮年部の代表として戦っておった現在の和泉理事長をはじめとする先輩たにちも、そのころは、だいたい三十代か四十代、五十代でいまの私たちと同年配です。

 したがって、私をはじめ皆さん方全員が、壮年としての自覚に立ち、つぎの青年たち、または高等部員が、りっぱなエンジンとなれるよう、そしてまた、バトンをタッチしてあとはよろしく頼むよといえるまでがんばりましょう。

 壮年の壮とは、”盛ん"という意味です。信心を根本として、学会精神を根本として、柱となっていき、後輩に「安心して戦いなさい。擁護してあげます」といえる自分でありたいと思いますけれとも、よろしくお願いいたします。

 一、太平洋戦争の直後、日蓮正宗総本山の疲弊ぶりは、たいへんなものでありました。戦争中は、名聞冥利にとらわれた一部の僧侶が、軍部に迎合し、身延への合同の策動をしました。しかし、二十年たった今日、日蓮正宗のこの大繁栄の実相はどうでしょうか。これが三大秘法の御本尊様の威力なのであります。したがって、信心は長くしなければいけません。一生の問題です。

 このことは創価学会においても同じであります。戸田先生が会長になられた前後の学会に対する誹謗はたいへんなものでした。さらに学会員でありながら学会を疑い、外部の人以上に、臆病な心で学会を批判しておった人もおります。

 しかし、当時、真剣に新人した先輩たちは今日、繁栄した、功徳にあふれた実相に、現証を示しております。これに対し、当時◯い、自分だけがいい子になって、大御本尊様を捨て、また世界唯一の創価学会の和合僧を裏切った人はみじめな姿になっております。

 この事実を見ても、御本尊様は絶対であります。疑わず、いな勇猛精進して、一生涯、大冥益を信じ切って、信心をまっとうしなければなりません。

 多少、外部から批判や、罵倒(ばとう)があったとしても、信心しきった者が、最後には大勝利を果たすのが、経文にいう「所願満足」「現世安穏 後生善処」です。

」「現世安穏後生善処 」です。

大聖人様のこのご聖訓が、信心をまっとうした人に現われないわけがないのです。

 とくに壮年部の皆さん方は、これから二十年、三十年または四十年が仕上げの人生です。微塵も疑う心なく、御本尊様の使いとし、大聖人様の弟子とし、学会の幹部として、戦っていくべきです。その戦っただけの結果はかならずあります。またその実証はかならず子孫末代に現れてきます。これを確信しきって、信心のこと、王仏冥合への前進においては、勇気、勇敢の二字を満々とにたたえて、戦っていただきたいと切望するものであります。

 御書に「かりにも法華経のゆへに命をすてよ」とおおせです。

「つゆを大海にあつらへちりを大地にうづむとをもへ」どんんことがあっても、せんずるところは、未法の法経経、すなわち御本尊様を受持しきって死んでいきなさいといわれております。具体的には、学会員として王仏冥合の大道に生ききり、死んでいきなさいという教えです。

 ー、どんなことがあっても、壮年部がりっぱに信心をまっとうしておれば、その実相、その尊い戦いの姿を見て、男子部も、女子部も、婦人部も、無言でついてくるものなのです。

 それが反対に、壮年部が要領よかったり、いいかげんであったり、退転してしまったならば、後輩の人たちが目標を見失います。

疑いを起こさせてはなりません。

 ー、公明党の議員も、大部分が壮年です。社会的に、また学会内においても、時代の要求として大事な存在になっておるのが壮年なのです。壮年の活躍いかんによって広宣流布の大きい推進も決定されます。

 その意味において、私は、壮年部の結成は、時を得ていると思うものです。どうか壮年部長を中心にするのはとうぜんでありますが、

総務、副理事長、理事などの先輩をよく見習い、また指導をうけていってください。そして、各本部においては本部長が、その本部の壮年部の責任者です。総支部においては総支部長が、総支部の最高責任者です。以下、支部でも、地区でも、班、組でも、ぜんぶ同じです。壮年部の各人が、そ

の部署において、調和をとり、柱となって、責任者という意義を再確認して、きょうから進んでいってください。(拍手)

 皆さん方が、いちだんと創価学会を守り、全学会員を守る強い強い存在になっていただきたいことを切望します。重ねて申し上げれば、壮年部さえ成長し、盤石の構えにあるかぎり、わが創価学会は永久に盤石であるという確信をもって進んでいっていただきたいのであります。

本日はたいへんご苦労さまでございました。

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